「もしも、だ。」

カーター=クラシュキン――――――髑髏スケルトン刺青タトゥーをスキンヘッドに彫り込んだ、“大法螺吹きビッグ・マウス”の二つ名を持つ殺し屋は言った。

「もしもの話だぜ、オリガ。 “スカイ・キャンディ”の精製過程ノルマのデータを、裏に流したら、いくら位になるんだい?」

フォード・マスタングの助手席から、オリガ=ストレイヴィチは、後部座席のカーターを、じろりと一瞥した。

“スカイ・キャンディ”とは、“マージ・ノーラ”につけられた隠語だ。

薬の効果が最高潮マックシングに達した時の強力な幻覚作用と、吸引時の甘い口当たりから、『昇天する飴スカイ・キャンディ』と呼ばれるようになりつつある。

「へっ、そう睨むなよ、オリガ。 例えば、例えばの話さ。」

カーター=クラシュキンは、その射るような視線を、軽く受け流して言った。

運転席のトミー=クロフォードは、何も言わずに、フィラデルフィア=ハイウェイの先に眼をやり続けた。

カー・ステレオからは、ニルヴァーナの『Breed』が延々と流され続けている。

トミー=クロフォードは、バンド・リーダーのカート=コバーンの自殺によって解散を余儀なくされたそのシアトル生まれのロック・バンドを、こよなく愛しているのだ。

その脇のドリンクホルダーでは、淹れたばかりのコーヒーが、紙コップから湯気を立てていた。

まだまだ長い夜になる。

睡魔の誘惑を拒み続けるには、カフェインの覚醒作用の世話にならなければならない。

オリガ=ストレイヴィチは、視線をゆっくりとルームミラーに移すと、一口、コーヒーに口をつけた。

砂糖もミルクも入れていないそのインスタント・コーヒーは、独特の苦味と酸味はあったが、珈琲豆のコクがまるで無かった。

焙煎したものとは比べるべくも無い味だったが、眠気の霧を晴らすのにはいくらか役に立ったようだった。

「“マージ・ノーラ”は」

オリガは言った。

「画期的なドラッグ・カクテルだ。 ただただ利益を水増しするためだけに、コカに重曹を加えた“バズーカ”や、強烈な副作用を持つ、コカ&アイスの“スピード・ボール”程度の代物とは、全く概念が異なる。 何せ、ソフトドリンクとほとんど同じ価格で吸引できるタイプのMDMAエクスタシーだ。 しかも依存性は、従来のMDMAエクスタシーよりも遥かに高い。 その大幅なコストダウンの要因はワカらないが、そのノウハウが知れ渡れば、今後の麻薬業界には、かつてない旋風が吹き荒れるだろう。 いいか? 今、ニューヨークの麻薬事情は大きく動こうとしているんだ。 やがてこの国にも、中南米諸国のように、麻薬が合法化される時代が必ず来る。 そいつは明日の事かも知れないし、あるいは100年後の事になるかも知れない。 だが、将来的にこの国がそういった方面に向かうのはもう疑いようがないんだ。 今のこの国の治安体制は、そこまで荒廃化してきている。 だが、麻薬を合法化する為には、最も大きな麻薬需要を持つ下層市民のみでなく、国内で最も大きな人工比率を占める中層市民を、需要者として定着させなければならない。 その先駆となり得るのが、“マージ・ノーラ”なんだ。 一般人にも容易に入手できるチープ・ドラッグ。 そいつの権益を独占するとなれば、それはもう国家予算単位の商売となる事は間違いない。 世界中の麻薬関係者バグジー・シーゲルが、砂漠にラスヴェガスおっ建ててでも欲しがってる絶世の美女ヴァージニア・ヒル。 アタシ達が追ってるのは、つまりそういう品さ・・・・・・・・・。」

「ヴァージニア=ヒルと来たか。 そいつ・・・は自分の舌を吸いたがる男共を、破滅に追い込む悪女って事かい?」

「たとえ破滅に追い込まれるとワカっていても」

オリガは、コーヒーをワインのように舌の上で転がしながら、後を続けた。

「男共はヴァージニア=ヒルを追い続ける。 一度そいつ・・・の虜になれば、もう他の女じゃ勃起できない。 そしてヒルは、病んだ男達から何もかも奪い尽くすのさ。 そう、何もかも・・・・。」

ふと、ルームミラーに眼をやると、カーターが煙草を吸い始めていた。

オリガは、パワーウィンドウを開けようかと考えたが、外の寒気が気になったので、結局放っておく事にした。

 

ウィンドウの外では、灯の落ちたネオンが、月明かりに反射して、鈍い光沢を放っていた。

カーター=クラシュキンは、流れてゆく景色の中で、ひたぶるに赤い月を探し続けた。

血のように赤い、満月を。

(………もし悪女ヒルを手に入れたいのなら)

カーターは、紫煙の溢れかえる唇の中で、静かに呟いた。

(力ずくで強姦レイプするしかねぇってこった………。)

 

その呟きは誰の耳に届く事もなかった。

カーター=クラシュキンは、ゆっくりと視線を手元に移した。

 

 

 

「敵は一体何者だ、ストレイヴィチ?」

静寂を破ったのは、運転していたトミー=クロフォードだった。

イリノイ州シカゴで、凄まじい数の人間を人知れず葬ってきたこの壮年の暗殺者は、瞬きもせずにマスタングのステアリングを握り続けている。

カー・ステレオから流れる、彼の崇拝するニルヴァーナの曲は、いつの間にか『Stay Away』へと変わっていた。

トミーは、仏頂面で、その激しくシャウトを繰り返す音楽のボリューム・ダイヤルを左に回した。

「何者、とはどういう事だ、クロフォード?」

「惚けるなよ、ストレイヴィチ。 俺が何も知らないと思っているのか。」

訝しげに尋ねたオリガに、トミーはやや語気を荒げて言った。

「俺はな、ラザロの奴とも、ニコラシカの奴とも仕事で組んだ事がある。 奴らの腕前についちゃ、よく知ってるんだ。 殊更に、ニコラシカの奴とはな。 初めてアイツを見た時には、どこのご令嬢様かと思ったが、いざ戦闘となった日にゃあ、その腕前は凄まじかった。 とりわけ、銃器を使わせたら、その技量にゃランジェリーナ・ジョリーだってケツ剥いて卒倒しかねねぇ。 そうとも、奴は、嗜好こそテッド・バンディよろしくなド変態サド野郎だが、その技量についちゃ疑いの余地がねぇんだ。 ただの狂犬が、この世界で十年そこらも食っていけるもんじゃねぇ。 その点に関しちゃ、この俺も認めざるを得ねぇ……。」

トミーは、そこまで言うと、脇のシガーホルダーから、煙草を一本取り出した。

それを口に咥えると、軽く息を吸い込んで火を点ける。

「そいつはオリガ、手前もよく知ってるんじゃねぇのか?」

口腔から、紫煙を燻らせながら、トミーは言った。

オリガは答えない。

答える代わりに、紙カップの中のインスタント・コーヒーに軽く口をつけ直した。

「随分ニコラシカの事を持ち上げてるけど」

オリガは、冷ややかに言った。

「そんなに惜しかったの、あの安淫売チックの身体が?」

「くだらねぇ茶々入れるんじゃあねぇぜ、ストレイヴィチ。」

トミーの額に、皺が刻まれた。

あるいは、それは真実の一部であったのかも知れないとオリガは思った。

「俺達殺し屋ハイドはな、徹底した現実主義者でなくちゃいけねぇんだ。 戦争屋がそうである様にな。 自分が何処に居るか、正確に把握してなけりゃ、即座に弾丸に脳味噌をファックされちまう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 俺達が立ってるのは、そういうクソ世界なんだよ・・・・・・・・・・・・。 幕引きドロップアウトは存在しねぇ。 俺達は永遠に、死ぬまで戦い続けなきゃあならねぇ。

トミーは、苛立たしげに大きく煙を吸い込み、後を続ける。

「だがな、そうし続けるには、今回の任務は、あまりに不確定要素が多すぎるんだよ。 いくら組織の沽券が関わってるとは云えな。 相手がカタギなら、それでも構わねぇ。 だが、そいつが、完全武装したニコラシカとお前さんを返り討ちにした程の手誰となると、いささか事情が変わってくる。」

「ビビってんのかい? “シカゴの首斬り屋シカゴ・チョッパー”とまで呼ばれて畏れられたアンタが?」

「言ったはずだ、俺達・・は徹底した現実主義者でなきゃならないと。

オリガは、挑発的に鼻を鳴らして笑った。

見ると、外気との温度差で、パワーウィンドウに水滴が付き始めていた。

トミーは、憮然とした表情でワイパーのスイッチを入れた。

ワイパーが、きゅっきゅっと、耳障りな擦過音を立てて動き出した。

「お前、本当は何か知ってるんじゃないのか? 敵の素性についての何かを?」

トミーの視線が、ゆっくりとオリガの瞼の中に移された。

その視線は、鋭利な刃先のようだった。

後部座席から、カーターが、意識をこちらに向け直した気配がした。

銃撃戦ドライブバイがしたいのなら

トミーは視線を外さず言った。

「お前の知ってる限りを教えな。」

オリガは、なおも答えない。

車内の空気が―――――――否、オリガの肉体の周囲が、急速に冷えてゆくのがワカった。

白虎幇パイフゥパン――――――」

「何だって?」

聞き慣れない発音の単語に、トミーは思わず聞き直した。

それはアジア言語の発音の言葉だった。

白虎幇パイフゥパン。 これは、広東の言葉だ。 パン、つまり、チャイニーズ・マフィアだよ。 ニコラシカが、敵の一人を見て口にしていた言葉だ。 そして、そいつは上海でも最高の技術を持った暗殺者だと口走っていた。

「上海の暗殺者だと? 馬鹿な。 ここは東海岸だぞ。 チャイナタウンの華僑共、とりわけ中国マフィアに与する連中は、ヴァレンティーノ=ファミリーとバーネット=ファミリーの両側から、強い圧力を受けているし、内部抗争の折には暗殺請負会社マーダー・インクの人員の斡旋もしているんだ。 もし事が発覚すれば、奴らはニューヨークで生きていられなくなる。 奴らの粛清劇の凄まじさは、エリクソン=ファミリーとの一件で、奴らも嫌というほど知っているはずだからな。 そんなリスクを侵してまで、奴らがヴァレンティーノ=ファミリーに牙を剥くものか?」

トミーは、咥えた煙草の灰が、随分長くなっていることに気づき、慌てて灰皿に落とした。

「上海マフィアの仕業だと決め付けるのは早計だ。 ニコラシカの言によると、そいつはもう数年前に組織から消息を絶っていたらしいからな。 問題はその技量の方だ。 何せ、三合会すらうかつに手が出せないという広東最大のマフィア組織の暗部で、頂点に上り詰めたほどの男だ。 その技量は相当なものだと思っていい。」

「同業者か。 一番厄介なパターンだな。」

「確認した限り、もう一人、得体の知れない東洋人もいる。 そいつもまた、卓越した射撃の使い手だった。」

「もう一人も東洋人だと?」

トミーは、紫煙を肺胞に吸い込みながら、眉をひそめた。

「何故、東洋人がマージ・ノーラのデータを付け狙う? 仮にそいつを手にしたとしても、今のアジアでは、まだドラッグ・カクテルを中級層に浸透させる土壌は無いし、第一、原産地の中南米から密輸する際の中間マージンが掛かりすぎて、マージ・ノーラの最大の優位性である“低価格ロー・コスト”という利点が殺されちまう。 まさか、米国こっちチャイナタウンで堂々と売り捌くって訳にも行くまい。」

「そいつが私にもわからない。 何故、東洋人達が、マージ・ノーラを狙うのか……。」

オリガは、自問しながら、懐のトカレフに指を触れた。

後数時間後には、この引き金が、あの東洋人達に向かって引き絞られているはずだ。

そう、確かな確信を持って、オリガは思った。

この寒気の中で、今夜、悪女マージ・ノーラを巡って、あと何度血の雨が降り、硝煙の風が吹き荒れるのだろうか。

何人の命が散らされるのだろうか。

だがしかし、それでも決まっている事はただ一つだけ存在する。

どれだけの弾丸が飛び交おうが、どれだけの血が流れようが、最後に立っているのは、このオリガ=ストレイヴィチだという事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Gun Crazy

CASE-02 Black NightG

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガガガガガガガガガガッッ!!!!!!

アメミットの身体が反転した。

銃弾の突風が、そのすぐ脇を吹きぬけていった。

光の雨。

銃弾の嵐の内のいくらかは、アメミットの肉体を貫いていたようだが、いずれも致命傷に至るものではなかった。

しかし、それは凄まじい貫通力を持った銃撃だった。

山刀マチェッテを取り落とさなかったのは奇跡に近い。

アメミットは辺りに目をやると、厨房の割れた窓の外に、人影のあるのを見つけた。

今のは、明らかにサブマシンガンによる銃撃だ。

あの人影は、短機関銃で武装しているのだ。

一瞬、その人影と眼があったような気がした。

あるいは、それは気のせいであったのかもしれない。

いや。

「――――――!!」

それは断じて気の迷いではなかった。

その猛禽類のように鋭く、肉食獣のような獰猛さを秘めたその視線は、忘れようもないものだった。

あの中国人だ。

副官のジャックを室内近接戦闘クローズド・クォーター・バトルで追い詰め、死に追いやったあの中国人だ。

自分の腕に、暗器の刃を突き立てた、あの男だ。

あの屈辱―――――――――決してまごう事があろうはずがない。

もし自分が、北欧神話にあるような魔女の邪眼を持っていたならば、即座にその男を死に至らしめたに違いあるまい。

だがしかし、自分は魔女ではない。

あの男の命を断つのは、邪眼ではなく、あくまでこの山刀マチェッテでなくてはならないのだ。

相手の命を断ち切るその実感を、この手で噛み締めねばならない。

アメミットは、肺の中の酸素を燃焼し尽くすかのように、息を止めて刀身を振りかざした。

その時だった。

ハルヒコが、燃えさかった上着を、その刀身に向けて叩き付けた。

刀が、絡め取られる。

その反動で、大きく姿勢を崩したアメミットに、上着の炎が、意志を持つかのように巻き付いた。

上着を振りほどく間も無く、炎は生地の上を一気に燃え広がった。

肉の焦げる、嫌な臭いがした。

アメミットが怯むも一瞬、ハルヒコの上段回し蹴りが、問答無用でアメミットの顎先に炸裂した。

脳震盪。

凄まじい勢いで大脳を揺さぶられたアメミットは、その鋼鉄の意識を、一瞬にして刈り取られた。

視界が、ぐるりと暗転する。

アメミットの肉体が、ゆっくりと炎の中に沈みこんだ。

衝撃で、火の粉がぱらぱらと宙に撒き上がる。

「出るぞ、フェルモンド! この部屋はもう駄目だ!!」

ハルヒコが叫んだ。

婦警が頷き、部屋から駆け足で出てゆく。

火の手はすでに部屋の外にも拡大しつつあった。

ハルヒコは、婦警の後を追うようにして部屋から飛び出して行った。

炎は加速度的に膨れ上がると、やがて何かの可燃物に着火したのか、周囲の炎を巻き込んで、瞬間的に膨張した―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

轟音がホテルに轟き渡った。

明らかにそれは爆発音だった。

先の火の手を見る限り、間も無くホテルは炎に包まれるだろう。

電気系統を管理する中央管制室を押さえられている限り、備え付けの、最新鋭の防火システムの活躍の機会は与えられそうもない。

現実的な判断として、この拠点は放棄する以外にないのだ。

ようやくの事で合流を果たした春彦とレイン、そして黒龍とキャサリンは、逃走経路の確保に躍起になっていた。

通信機器の類は、慢性的な電波妨害ジャミングの為にほとんど役には立たない。

本部に救援を呼ぶ為には、この電波妨害ジャミングの発生源を破壊するか、電波妨害ジャミングの有効範囲外まで脱出しなければならない。

いずれにしても、この施設からの脱出が第一条件となる訳だ。

「もし、可能性があるとするなら」

キャサリン=シーカーは言った。

「二階にあるダスト・シュートを利用するしかないわ。 おそらく非常階段と正面入り口は敵が押さえてる。 今までの手口から見ても、狙撃手スナイパーがうようよ待ち伏せてるのはほぼ間違いない。 二階の窓から飛び降りるって手もあるけど、目立つ上に、下はコンクリートの地面………賭けにしては分が悪すぎるわね。」

「………ダスト・シュートの出口で敵が待ち伏せしてないって保証は?」

黒龍は頬の傷を撫でながら尋ねた。

「神のみぞ知るってとこね。」

「…………勘弁してくれ。 合衆国チョコレートの神様は物忘れが激しくっていけねぇ。 自分の使徒が何頼んだか、すぐに忘れちまう。」

「待ってるだけなら確実に詰みチェックメイトなのよ。 賭けてみる価値はあると思うけど。」

「畜生! この仕事が終わったら、混血コロナの女とヤリまくってやるぞ! そうとも、ワイキキのプライベート・ビーチを借り切って、そこでジェニファー=ロペスみたいなイイ女と、一日中ヤリまくるんだ! ついでにこの糞ったれな稼業ともおさらば出来たら云う事ナシだ!」

「…………アンタの泣き言はいっつも聞き苦しいわねー……。」

呆れたようにキャサリンは額を押さえた。

「ダスト・シュートから脱出した後はどうすればいい?」

論点のズレてきた会話を修正する為に、春彦が口を挟んだ。

キャサリンは、真面目な口調に戻ると、後を続けた。

「そうね。 この敷地内から脱出するには、とりあえず車両が必要になるわ。 一応、ホテルには地下駐車場があるけど、多分そっちはもう押さえられてるでしょうから、ホテルの裏口にある緊急用の車を使いましょう。 勿論、鍵はないから、キィホールの中の配線を直結して動かして。 車種は、確か夕方カジノに行った時のと同じ、アストロだったと思うわ。」

「その車は、防弾じゃないんだろう? それで敵の包囲網を突破できるのか?」

「そこまで責任持てないわよ。 あとはアンタ達の腕次第ってとこでしょ。」

「アイリスと、圭はどうするんだ?」

「………後方専守。 追手を撃破しつつ、作戦の最終段階には合流する予定。」

「………そうか。」

後方専守。

それがいかに過酷な役割かを知る春彦は、呟くように云うと、三階の階段を駆け下りた。

――――――気配。

そこに待ち伏せていた一部隊が、一斉に銃を構える。

春彦と黒龍が、それに呼応するように銃を構えた。

――――――――

今夜、何十回目かの銃撃音が轟いた。

硝煙の霧は、まだ晴れない――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、シャレになんねぇよなぁ。」

ロナルド=フィルスは中央管制室の中で、誰にともなく呟いた。

迷彩服に身を包んだ屈強な傭兵達の中で、彼の容貌は、まるで場違いのように思えた。

紳士服に身を包んだ、女のような優男。

その男が、傭兵達をしたがえるようにして、部屋の中央にあるテーブルに、足を組んで座しているのだ。

「イアンの旦那ってばよォ、爆破とかってマジ聞いてねーよー。 いくらテロリストの国の人だからって、限度ってモンがあるだろ、普通ゥ? 何せ、俺達も言ってみりゃテロリストみたいなもんだから、消防署に通報も出来ないんだぜー? 勘弁してくれよォ。」

ロナルドは、掌の中でスイス製の自動拳銃を弄びながら、傭兵達の管理するモニターに目をやり続けた。

それらのモニターは、次々に火災の煙に撒かれつつある。

予想以上に、火の回りが早いのだ。

強力な磁場により、上層階のモニターは、すでにノイズの嵐と化し始めていた。

「おーお、スゴイ事スゴイ事。 こりゃ意外に短期戦になりそうだーね。 何せ、下手すりゃ俺達も逃げ遅れてウェルダン・ステーキになっちまわぁ。」

ロナルドは、愚にも付かぬ事を口走りながら、ケラケラと笑った。

それは、司令官が部下に弱味を見せぬように繕う、作り笑いではなかった。

子供のような、本気で何の目算もない笑いだった。

傭兵達は、その様子に、この男の精神が常軌を逸したものである事を理解していた。

この男の持つ倫理性は、幼児のように整合性の欠如したものであると。

「笑い事ではありません、サー・フィルス。 こうなった以上、我々も戦略的撤退を視野に入れるべきです。 事に、火災という状況は、存外の事態が命取りとなります。 早急に、各部隊に退却の指示を。」

そうロナルドに進言したのは、この部隊の中でも比較的若い、ジムという傭兵であった。

歳も、そうロナルドと離れてはいない。

しかし、ジムは数回の実戦経験を持つ、貴重な人材であった。

「まーだまだ。 こっちは結構な被害が出てるっつーのに、あっちの主戦力はやぁ――――――っと一人おっ死んだてとこだぜ? このままじゃ、俺、上の連中にどやされちまうよぉ。」

「し、しかし、サー・フィルス! 現実問題として、この状況下では、戦況は悪化の一途を辿るばかりです! 退却もまた戦略の一環。 局地的な戦闘での退却は、決して恥ではありません。 戦争とは、大局的な見地で勝利すれば、それが全体の勝利となるのです! 無計画な遊撃戦は、徒に被害を増やすだけです! ここは一時撤退し、戦線を立て直すべきです!!」

「お前さぁ。」

「は?」

勢い良く熱弁を振るうジムに、ロナルドは間を外したように語り掛けた。

「『フルメタル・ジャケット』って映画観た事ある?」

「? は、はぁ………話の筋はよく覚えておりませんが、昔、一度だけ……。」

ジムは、彼が何を言いたいのか、理解できず、曖昧に返答した。

「まぁ、クソくっだらねぇ、B級戦争映画なんだけどよ。 その映画の最初によ、海兵隊の上官が新兵を教育するシーンがあるんだよなぁ。」

「………?」

「上の仕官様が、入隊したての新兵に、まず最初に何を教えるのか、お前ワカるか?」

ロナルドが、唇の隙間から、白い歯を見せた。

こぼれる様な笑顔―――――――

だがその瞬間、ジムは、彼の言わんとする事を瞬時に理解した。

「!!」

銃声。

次の瞬間、ジムは右の太股を押さえて、床の上を転げまわった。

ロナルドの手にしたザウエルからは、真新しい硝煙が上がっている―――――

発砲したのだ、ロナルドが。

笑顔のまま、何の躊躇もする事無く。

「思い出したかぁ? 上官様の命令には、“絶対服従サー・イエッサー”っていう選択肢しかねェ――――――んだよ。 兵隊の初歩だよ、初歩。 大局的な見地ィ? ンなモン“デウス”が勝つに決まってんだろうがー? 勝つってワカってるから、一回一回の戦いのスリルを愉しみたいんだよ、俺は。 んー、わっかんねぇかなー、この高尚な嗜好?」

ルナルドは、狂ったようにゲラゲラと笑い続けたが、当然その声は、激痛に悶えるジムの耳には届いていなかった。

その光景を、他の傭兵達は、異様なものを見る目付きで見続けていた。

「………! サー・フィルス。」

モニターで春彦達の様子を監視していた傭兵の一人が、ロナルドを呼んだ。

「ああん、どうした?」

「連中が向かっている、この区画なのですが………。」

傭兵が指差したのは、ホテルの従業員用の洗濯室だった。

「そいつがどうした? どうせ逃げ隠れ出来る場所なんかありゃしねぇ。 窓から飛び降りようモンなら、足が地面につく前に、待ち伏せしていた狙撃部隊が奴らを蜂の巣に変えちまう。」

「しかし、この規模の洗濯室ならば、通常、ダスト・シュートが存在するはずです。 そちらのマークは?」

「…………!!」

傭兵の問いかけに、ロナルドの顔色が変わった。

ザウエルの銃把を握る手に、思わず力がこもった。

―――――失念していた。

何という事か。

なまじ、管制室という、セキュリティシステムの要を手中に収めてしまった為に、そのようなアナログな逃走手段にまで想像が巡らなかったのだ。

慢心――――――

アメミットならば、そう言っただろう。

ロナルドは、大きく舌打ちすると、なお悶え続けるジムの傷口を蹴倒した。

ジムの悲鳴が一層大きくなった。

傭兵達の視線が、非難のそれに変わる。

しかし、ロナルドはその視線を気にも留めず、ジムに言った。

「……いいだろう、ジム。 撤退だ。 お前の進言通りな。 だが俺はまだ残るぜ。 お前を除くこの部隊全員で、今から地下のカーゴ・ルームへ向かう。 殺るか殺られるかの、総力戦だ。 溝鼠共を、一匹残らず殺鼠してやる。 殺すダム! 殺すダム殺すダム! 北欧の妖精ディナ・シーなんか、この北アメリカ大陸にゃ要らねぇんだよ!」

 

 

 

 

 

 

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