Gun Crazy
CASE-02 Black NightB
ホテルを轟かす轟音に、春彦達は目の色を変えた。
逡巡の時間は必要なかった。
各々、とっさに近くにあった拳銃に手を伸ばす。
愛銃を整備していたキャサリン=シーカーは、ばらばらに分解していたFPKライフルを、即座に組み立て直した。
5秒にも満たない内に、それは魔法のように元の完成形に戻る。
ガス爆発やそういった類の事故でない事はすぐに理解できた。
ガスが原因ならば、もっと音が弾けて拡散しているはずだからである。
これは砲撃だ。
着弾音の爆発音の間にわずかな時間差のあった事が、それを証明している。
それは、標的の内部深く撃ち込まれてから爆発し、被害を最大限に拡大させるグレネード・ランチャーの特性故であった。
「来やがったぜ。 堂々と……!」
劉黒龍は、苦々しく口に出した。
眉をひそめながら、拳銃と短機関銃を掴み出し、マガジンを4つばかり、ジャケットの内ポケットに押し込む。
戦いの準備だ。
間も無く、このホテルは戦場と化すだろう。
ゲームのカードはもう配されたのだ。
「キャサリン、手前はアイリスと圭を起こして来い。 念のためだ。 もっとも、この爆発音聞いてまだ寝てるような間抜けはいないと思うがな。 春彦はあのちっちゃな婦警と合流して身柄を保護して来い。 最優先事項だ。 あの女には、まだ訊かなきゃならない事が山ほどあるんだからな。」
黒龍は、速やかに指示を出した。
春彦は、軽く頷くと、ニ挺のシグ=ザウエルと、Vz61スコーピオン短機関銃を持って部屋を飛び出した。
敵の規模が不明な以上、可能な限りの装備を持っておいて損はない。
「フェルモンドの部屋はどこだ!?」
「506号室だ! 電子ロックだから、マスターキーを忘れるな! 故障してやがったら、スコーピオンでぶっ壊しちまって構わねぇ!!」
「ムチャクチャだな、もう……。」
春彦は、呟きながら、カーペット張りの廊下を蹴った。
丁度その時、廊下の照明が、ふっと落ちた。
「どうやって抗戦する気……?」
キャサリン=シーカーは、尋ねた。
その口調は、さすがに強張っていた。
「本来、防衛戦ってのは守る側の方がはるかに有利なはずなんだがな……。 残念ながら、こっちは明らかに人員も火力も不足している。 正面から行っても勝ち目は薄い。 脱出以外に方法はないな。」
劉黒龍は、淡々と言う。
「どうやって?」
「ワシントン支部に、空からの救援を頼むか、あるいは―――――」
「あるいは?」
黒龍は、訊かれて、わずかに押し黙った。
逡巡の後、彼は結局何も言わなかった。
「……いや、何でもねぇ。 とにかく、MOだけは何としてでも守り抜くぞ。」
黒龍が言った、その時だった。
部屋の扉が、荒々しく開かれる。
入ってきたのは、アイリス=マクドゥガルと間宮圭、そして、ホテルに詰めていた何人かのディナ=シー職員であった。
キャサリンを待つまでもなく、異常事態を察して起きてきたのである。
「何があった訳!?」
アイリスは叫んだ。
寝起きであったため、その髪はひどく乱れていた。
「わからん。 ただ、今の爆発が、事故の類でない事は確かだ。」
間宮圭は、部屋の中を見渡した。
そして、そこにいるべきはずの人間が二人ばかりいない事に気が付いた。
同郷生まれの少年と、そしてあの、上背に反して物腰の低いドイツ人の青年が。
「あの二人はどうしたんだ? 春彦とカールは?」
その言葉を聞いて、黒龍とキャサリンは、はっとなった。
「カール!!」
キャサリン=シーカーは叫んだ。
「何てこった! あの馬鹿、下に行ったまま、戻ってきやがらねぇ!!」
「どういう事……?」
あからさまに狼狽を示したキャサリンと黒龍の両名に、アイリスが詰め寄る。
それが尋常ならざる事態であろう事は、彼女にも容易に想像がついた。
「カールがどうしたの?」
アイリスが二人に詰め寄る。
勢いで、テーブルの上に置かれた時計がゴトリと倒れた。
黒龍はゆっくりと嘆息すると、続く言葉を吐き出した。
「カールのヤツ……下のロビーに行ってるんだ、自販機を使いにな。」
「……………ッッ!」
アイリスは咄嗟に扉に向って走り掛け、しかし、すぐに思い直したように首を振るった。
その仕種が意味する所を、彼らは一様に理解した。
彼らは特殊部隊なのである。
必要となれば、仲間を切る事も厭わない。
彼らの掌が、次々とテーブルの上の銃に伸びた。
「今から、簡潔に行動を指示する。 総員、指示に従い、速やかに行動しろ。 目脂は落として行けよ。」
アメミット=イアンは、吹き抜けの階段の上を歩いていた。
その後ろには、白黒混血の傭兵、ジャックが付いている。
外部にむき出されたホテルの非常階段の手摺の隙間からは、曇った夜空を確認する事が出来る。
ブルーブラックの防弾ジャケットは、見事に闇に溶け込み、しかも全く重さを感じさせなかった。
ホテルのあちこちでもう銃声が上がり始めている。
寒いフィラデルフィアの空気が、うっすらと熱を持ってきているようだった。
それは、彼の故郷の香りだ。
数世紀にも渡って永劫に続くであろう戦場の芳香だ。
彼の好きな香りだ。
アラブ人は、階下の茂みに目を向けると、そちらに向かって赤いペンライトを数回点滅させた。
それは暗号だった。
下の茂みには、別働隊である狙撃部隊が数名待機している。
敵がこの階段を逃走ルートとして使用するである事は、先に“デウス”より委ねられたホテルの設計図によって予測できていた事だからだ。
コレは、味方の誤射を事前に防ぐための儀式なのだ。
「……………?」
しかし、アメミットは、いつまで経っても狙撃班側から返事の戻ってこない事を訝しく思った。
こちらから信号を送ったら、回答として複数回ライトを点滅させる手はずになっていたからだった。
アメミットは、念を入れて、もう一度信号を送ってみた。
結果は同じだった。
何度送っても返答はなかった。
ジャックと顔を見合わせる。
何らかの理由で配置が遅れているのだろうか?
アメミットは、念のために、慎重を期して階段を登っていった。
三階目に差し掛かった時だった。
つんと、血の匂いの漂ってくる事に、アメミットは気がついた。
反射的に、手が腰のベレッタに伸びる。
流れるような仕種で安全装置が外された。
中東人は、変わらず無表情のまま、慎重に歩を進めた。
気配は、まるで感じられない。
しかし、それは、そこに誰もいないという事ではない。
何故ならば、気配というものをほぼ完全に消す事の出来る手合いも、この世界には少なからず存在するからだ。
たとえば、このアメミット=イアンのように。
アメミットは、気を張り巡らしながら、ゆっくりと階段を上に昇って行く。
そこで、彼は血臭の元を突き止めた。
それは、死体だった。
アメリカ人の若者の遺体だった。
格好からすると、警備員か何かのようだった。
このホテルは《ディナ=シー》の傘下にあり、しかも今夜は厳戒態勢にあった。
おそらく、この若者も《ディナ=シー》の息のかかった職員と見て間違いは無いだろう。
あの、憎むべき妖精騎士団の、だ。
遺体は、こめかみの部分に弾痕があった。
それは、小口径高速弾によるものだった。
状況から見て、撃たれた衝撃で階段を転げ落ちたのだろう。
1ブロック上を見ると、そこには同じく中年の警備員の遺体があった。
こちらは、眼窩を撃ち抜かれて死んでいた。
近づいて、血を指ですくい取って見る。
まだ血液は完全に凝固してはいなかった。
死体は、まだ、出来て間もない。
アメミット=イアンは、それを見て全てを理解した。
この警備員達は、下の狙撃手達と、ここで交戦したのだ。
どのような経緯があったのかは知らないが、とにかく彼らは狙撃班を撃破するか、あるいは撤退せざるを得ない状況に追い込んだ。
そして、その結果、彼らはここで亡骸と化した。
目を凝らして見ると、周囲の階段には10発近い弾痕と、そしてまだ熱をもった9mmパラベラムの空薬莢が確認できた。
紛れも無い交戦の跡だ。
警備員達がこの階段を昇っていたという事は、標的はこの先にいるという事だ。
同じ結論に行き着いたのか、ジャックも後ろで厭らしく唇を歪めた。
ふと、アメミット=イアンは足元に目をやった。
そこには夥しい血溜まりが出来ており、固まりかけてゲル状になっていた。
最も滑りやすい状態だ。
アメミット=イアンは、慎重を期して、摺り足で階段を移動し始めた。
足元の血痕を留意しながら、ゆっくり階段を上って行く。
不意に、ジャックが血痕の一つを指差した。
アメミットは、そちらに目をやる。
その血痕は、階段の上に向かって、引きずるようにして伸びていた。
足跡だ。
誰かが自分たちと同じように、摺り足でここを歩いたのだ。
先の計画では、自分達よりも先にここを通る予定にあった部隊は無い。
これは、敵の足跡なのだ。
アラブ人の目が、すぅっと細められた。
春彦は、レイン=フェルモンドの部屋の扉に、マスターキーを通した。
まだ電子系統は生きていたらしく、ピッ、という音の後、ロックは解除された。
春彦はとりあえず、礼節上のノックをした。
その時だった。
凄まじい勢いで内側からドアが叩き開けられた。
全くの予想外の事態に対処できず、春彦はしたたかに扉に顔を打ち付けた。
「てっ、てっ、てっ………敵はどこ!? ヘルズ=エンジェルズ!? マッド=マックス!? あああああああ、ショットガンは、ライアット・ショットガンは無いの!?」
中から、あからさまに狼狽したレイン=フェルモンドが飛び出して来た。
手には、ガヴァメントP1445が握られていた。
「メル=ギブソンになった夢でも見たのか、お前は………。」
鼻腔から鼻血を滴らせながら、春彦は呟いた。
そこで、ようやく彼女は彼の存在に気が付いたようだった。
「あ、ハルヒコ、おはよ……」
「何がおはようだ。 早いとこ黒龍達と合流して―――――」
そこまで言いかけた時、改めてレインの服装を見直して、春彦は目を丸くした。
パジャマ姿だったのだ。
「まだ寝惚けてんのか、手前は!! とっとと着替えろ、馬鹿野郎!!」
「何が起こったのよ、一体? さっき変な轟音がした後、いきなり銃声が――――――」
「ご待望のマッド=マックスのご登場さ。」
春彦は、マスターキーを懐に仕舞い込みながら言った。
「敵の規模はワカらないが、さっきのギャング共みたいな生温い連中じゃない事だけは確かだ。 何しろ、警告もなしに重火器で攻撃してくるような手合いだからな。 マイク=ホアーも裸足で逃げ出すような、激しい打撃戦になるだろう。 ワカったら、さっさと着替えるんだ!」
「わ、わかったわよ……!」
レインは、慌てて部屋の中に戻ろうとした。
―――――刹那。
春彦の手が、いきなり彼女の襟首を掴んだ。
そのまま、凄まじい勢いで廊下に引き倒される。
したたかに背面を打ち付け、肺から一気に空気が搾り出された。
レインは、事態を全く把握できなかった。
逆転した視界の隅で、春彦が二挺の自動拳銃を抜くのが見えた。
両方とも、シグ=ザウエルP226だった。
「畜生め!!」
その引き金が、一気に引き込まれた。
銃声。 銃声。 銃声。
鼓膜を震わせる、銃声。
手動射撃にも関わらず、弾丸は全く淀みなく撃ち出された。
廊下の反対側で、何かが、どさっと倒れる音が聞こえた。
それは、黒い衣服に身を包んだ男達であった。
手に、短機関銃を持って武装している。
「まだ、起き上がるな!!」
春彦は叫んだ。
次の瞬間、撃たれたはずの男達が、むくりと起き上がった。
彼らは、起き上がると、素早く取り落とした短機関銃に手を伸ばす。
春彦はその時間を与えず、もう一度ザウエルのトリガーを引いた。
銃声。
今度は、男達の頭部が弾けた。
今度こそ、男達は本当に起き上がってこなくなった。
春彦の額が、薄く汗に濡れていた。
「ミズ=フェルモンド。 悪いが、着替えの時間は無くなった。」
「―――――――」
レインは、何事か叫ぼうとしたが、目の前に写った光景をみて、その言葉を飲み込んだ。
廊下の、今男達の倒れこんだ辺りに、赤い棒が何本も踊っているのである。
正確には、それは赤い光であった。
一直線に伸びた赤い光が、縦横無尽に廊下を舐めている。
レイン=フェルモンドは、その光がどう云う物であるかを、映画などで見知っていた。
サブマシンガンのレーザーサイトだ。
あの赤いラインは、サブマシンガンの射線を示しているのである。
その赤い光と同じ数だけのサブマシンガンの銃口が、蛇が獲物の体温を感知するように、敵の所在を索敵しているのである。
レインの背筋を、うすら寒いものが昇ってきた。
廊下の突き当たりの向こうから、幾人かの男が顔を覗かせるのが見えた。
その瞬間に、春彦はザウエルを発砲した。
男達がすぐに身体を死角に引く。
弾丸は虚しく空を切った。
男達の動く気配。
「………逃げるぞ、フェルモンド。 体勢を低くして、反対側に一気に走り抜けるんだ。」
春彦は、銃把に手をかけたまま、レインを引き起こした。
レインは、乱れた襟元を掴むと、極端に低い中腰の姿勢で壁に寄った。
「行け!」
春彦の声に、レインは弾かれたように駆け出した。
足音を耳にしたためか、廊下の向こうから男達が顔を覗かせた。
その時には、もうザウエルのトリガーは引かれていた。
男達のその動きを先読みしていたからだ。
短い悲鳴があがり、男達はその場で倒れて動かなくなった。
春彦は、銃を構えたまま、後ろ向きに距離を取り始めた。
―――――――敵は防弾ジャケットを標準装備してる。
それは、さっき、撃たれてなお戦力を失わなかった事から見ても明らかだ。
敵の戦力を奪うためには、頭部か脚部を狙い撃ちするより他ない。
この、暗闇の中で、月明かりのみを頼りに、だ。
「…………オーケイ。 来るなら来てみろ。」
春彦は、敵に狙いを定めたまま、足を擦るようにして後退し始めた。
焦れたように、男達が飛び出してきた。
彼らは腰だめに短機関銃を構えていた。
瞬間――――――――
閃光が瞬いた。
耳をつんざく銃声が廊下に反響した。
春彦の掌の中で、ザウエルが踊った。
硝煙が、スチームのように激しく吹き上がる。
サブマシンガンが、ハチドリの鳴き声をあげる。
弾丸の嵐の中で、春彦は笑っていた。
銃撃は徐々に激しさを増してゆく。
それと同時に、春彦の中でもゆっくりと昂ぶってゆくものがあった。
―――――――――――
銃声が、途絶えた。
硝煙の霧の中で、棗春彦は悠然と立ち尽くしていた。
撃ってくる者はもういなかった。
レイン=フェルモンドは、姿勢を低くしたままそちらを振り返った。
煙の中で、春彦の姿はひどく霞んで見えた。
数秒経って、ようやく春彦はレインの方を振り返った。
目が合う。
春彦の顔に、薄い微笑が浮かんだ。
レインは、春彦が立っているという事実が信じられなかった。
サブマシンガンは、その性質上、通常の自動拳銃の倍近い装弾数を持っている。
弾速に関しては、拳銃のそれを3倍近く上回る。
その圧倒的性能の差を、一体この東洋人の青年はどのようにして埋めたのか――――――
「とりあえず、一応の敵は片づけた。 後発の敵と出くわす前に、他の面子と合流するぞ。」
春彦は、言いながら、ザウエルのマガジンを交換し始めた。
アイリス=マクドゥガルと、間宮圭は、ふと、廊下の向こうに気配を感じた。
照明の消えている今、月光の届かぬ場所を判別する術は無い。
彼らは、念のために拳銃を抜いて、そちらに向けた。
目を凝らすと、そちらに人影が見えたような気がした。
――――――いや、たしかに何かが蠢いている。
しかし、それはひどく生気に欠けた動きだった。
ホラー映画に出てくるゾンビーのように、緩慢な動作だ。
武器を手にしている様子は無い。
そもそも、敵ならば、こんなに堂々とこちらに姿を晒すものだろうか?
間宮圭は、訝しく思いながらも、ゆっくりとそちらに歩き出した。
相手に、妙な動きは見られない。
やがて、距離が狭まり、相手の姿が明らかになるに連れて、圭の顔が驚愕に歪み始めた。
「―――――――!」
それは、カール=フランクスだった。
あのドイツ人エージェントの、変わり果てた姿だった。
半身の皮膚がケロイドと化し、赤みがかったブロンドの髪は灼けて縮れてしまっていた。
その顔には、生気が全く無かった。
目は虚ろで、先に離れたわずかの間に、何年も経過してしまったかのように憔悴しきっていた。
アイリスも、慌ててそちらに駆け寄る。
「カール!」
間宮圭は、彼の肩を掴むと、しきりに揺すりだした。
「どうしたんだ、その火傷は!? 大丈夫か!? どうしたんだ、何があったんだ、カール!!」
カールは、何事かを口の中で呟いた。
しかし、その言葉はあまりに小さく、アイリス達の耳には届かなかった。
「カール!!」
アイリスはもう一度叫んだ。
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